2007年8月20日 (月)

「四谷怪談」

先日、たまたま新聞で見つけた、人間国宝「一龍斎貞水」の講談を予約してみた。暑い時期にぴったりの「四谷怪談」である。何でも吉祥寺第一ホテルが、開業20周年を記念した謝恩企画だそうで、食事つきという豪華な代物である。その日一日、たった2回だけの公演で、二部、18:30からの回に行くことにした。

少し早めに到着し受付へ行くと、「16:30からの部が、まだ終わりそうにないんです。開演には間に合うと思いますが、少しお待ち下さい。」と言われた。いかに人間国宝とはいえ、70歳になろうかという方である。それを長時間たった一人きりでしゃべり続け、更に二部が控えている訳だ。ちょっと心配になりながらも、静かにロビーで待つことにした。
しばらくすると、受付を通ってこちらに向かってくる女性が目に入った。
・・・ん!?李麗仙じゃないか!!!…あ~~感動。女優然とした立ち居振る舞いでなく、その控えめなたたずまいに更に感動してしまった。きっと楽しみにしてきたのだろうな。

さて、時間ギリギリでやっと会場となり、大広間に入っていくと、フラットなフロアーに椅子が敷き詰められている。うまく見えるかどうか心配ではあったけれど、灯籠や障子など、おどろおどろしいセットがしつらえてあり、いやが上にも期待感は増していく。
そこへ、さっきまで目一杯しゃべっていたとは思えない程、涼しげな表情をした一龍斎貞水先生が登場してきた。第一声から驚かされた。本当に艶のあるお声なのだ。これは最早驚異である。心配などしてしまったことが恥ずかしい。
声色を使い分けながら、どんどんとお話しに引き込んでいく。時々おもしろ話を差し挟みながら一気に落とす。その見事なことといったら。私の知っている「四谷怪談」とは違うので、次の展開が全く読めず、身動きすら出来ない内に1時間半があっという間に経ってしまった。これぞ人間国宝。一流のものを観ることが、いかに素晴らしいかを改めて知った。

余韻に浸りつつ、別フロアーのブッフェ会場へ。料理を取り分ける順番を待ちながらふと横を見ると…李麗仙が。熱々の春巻きを取っている彼女に、今更握手を求める訳にもいかず…。彼女が置いたばかりのトンクを持ちながら、「間接握手」を密かに喜んだ私であった。

2007_08200360 一部・二部とも、結局予定を30分も延長してのお話しであった。こんな贅沢はない。
何度もいうが、70歳になろうかという方である。
機会があったら、ぜひ足を運んで頂きたい。

| | コメント (0)

2006年12月27日 (水)

「月下咆哮」

踏み出すのをためらってしまう程のどしゃ降りの中、新宿にある劇場「タイニイアリス」に足を運んだ。友人が舞台のスタッフをしているということで、つい先日連絡を受けたのだ。
金満里さんのソロ公演「月下咆哮」という舞台である。金さんは、3歳の時に小児麻痺を患い、障害を持っておられる方で、劇団態変というカンパニーの主催者である…ということしか知らず、ほぼ白紙の状態で観に行った。

真っ暗な舞台にわずかな照明があたる。と、下手から、上体に渾身の力を込め、舞台の中央へと少しずつ進み出てくる金さんが見えてくる。静かな音楽の中で、上半身だけをうねうねと上下に躍動させながら、感覚の無い下半身を懸命に引きずっている。どう観たらいいのだろうか。私の頭は混乱してくる。

そこで…吼えた。か細く高い声で、悲しげなオオカミの遠吠えのように、たった一度だけ、彼女が吼えたのだ。

そこからは雑念は無くなり、ただただ目を見開いて彼女の表現を追った。彼女の放つ気で圧倒されてしまう。曲が途切れた無音の中、舞台上で黒子により衣装を変えている最中でさえ、誰一人として身動きできずにいた。

最初は何だか得体の知れないもの。それが人間になり、男性になり、その殻を取っ払って、女性の彼女が姿を現す。一見すると進化の過程の様でありながら、実は、原初の生物としての「おんな性」に立ち返っているのだ。彼女の「魂の原風景」を見た…気がした。

最後のカーテンコールの舞踏で、初めて彼女がはにかんだ笑顔を見せてくれた。一気に劇場の空気が和らぐのを感じた。

…外は一層激しい雨だった。なだれ込む様に、近くの喫茶店に入る。椅子に座って初めて、体中がガチガチに凝っていることがわかった。頭は朦朧としているし、目もしばしばしている状態である。
1時間…こんなに集中が途切れなかった舞台は初めてのことだ。
前日に観た、ダリの「雄羊(亡霊のような雌牛)」を現実に観ているような、音楽を目で見ているような、そんな感覚だった。

爆弾低気圧。ざんざん降りの雨で、火照った神経を冷ますことができた。こんな雨の日で…よかった。

ジャムについては、また明日…。

| | コメント (0)

2006年12月26日 (火)

ダリ回顧展

開催当初から行きたくて堪らなかった「ダリ回顧展」。Y女史と連れだって、ようやく訪れることができた。
動物園も他の美術館もお休みの月曜日だし、クリスマスだから…連日大盛況とはいえ、この日だけはもしかしたら案外空いているかも知れない。

…甘かった!美術館前は既に長蛇の列。15分ごとに30人くらいの割合で館内に入れて2006_12250373 いくというシステムがとられていた。みんな大人しく整然とその時を待っている。ほとんどが若者なのにも驚いた。…しまった、冬休みか!
凍えながら30分以上待って、ようやく入館の時がやってきた。しかし観るのに制限がある訳ではないので、館内はもうもう信じられないくらい混み合っていた。つま先立ちになっても観れたもんじゃない。空いている絵から観ようと、館内を縦横に歩き回る。
元々ダリの精密なタッチは、さほど大好きという訳ではないが、やはりその構図は興味深いものがある。しかしながら、今回初めて知って驚いたことは、タイトルにこそ全てが表現されているとダリ自身が言っていることであった。ここまで精密に自分の思考を表現しようとしていながら、なおかつタイトルにまでも…なのだ。

「奇妙な廃墟の中で自らの影の上を心配でふさぎがちに歩き回る、妊婦に形を変えるナポレオンの鼻」

…あ?あんだって?タイトルを把握するだけでも結構な骨である。
彼の思考を理解することは誰にも出来ないだろうが、しかし少しだけでも頭の中を垣間見ることは出来ただろうか。今回のお気に入りは、「残照の老人」と「雄羊(亡霊のような雌牛)」であった。2点とも、らしくないといえば、らしくないのだが。
それにしても、イヤホンガイドがあまりにもひどい。ダリの絵こそ、観る側がそれぞれの受け止め方をしていい筈なのに、まるで押しつけているかのような解説だ。時には男女の掛け合い漫才かと思わせるような節もある。もう少し考えて頂きたかった。

2006_12250368 余談だが、上野公園に着いてすぐ、素敵なボルゾイに出会った。あまりにも大きくて優雅だったので、そのショットを記念に載せてしまおう。ユリウス君である。

Y女史と半日をとても楽しく過ごし、お腹いっぱい夕飯を食べて、大満足で家に帰ると…ジャムはご飯にありつけなくてイラッチだった。ごめんよお。すぐさまケージから解き放つと、元気いっぱい跳び回ってくれる2006_12140317 。そんなところもかわいらしい!

優雅さは皆無だけれどね。

あなたはそのままで…。

| | コメント (0)

2006年11月22日 (水)

芸術の秋

11月にしては随分暑かった昨日、お昼に仕事で六本木に行ったのだが、そのまま帰ったのではもったいない。と、普通ならここで「六本木ヒルズ」で買い物でも、となるのだろうが、そのまま真反対にある上野に足をのばした。
東京国立博物館で開催されている「仏像展」を見たいと思っていたのだが、なかなか上野まで出向く気になれず、終了間際のこんな時期になってしまった。

上野…といえば、太田光のCMで有名な「ダリ回顧展」が、連日大盛況らしい。仏像の方はきっと密やかに行われているのだろう、と思いきや、博物館前には「ただいま大変混み合っております」の看板が掲げられていた。日本人は仏像好きなのだな。…ふんどしを締め直していざ入館。

確かに人が大勢いるものの、仏像にふさわしくほの暗い館内には、一体一体に照明が当てられており、仏像だけが浮き立って見える。音声ガイドを借りると、イヤホンからは市原悦子の声が静かに響いてきて、何とも心地よい。
仏像はあまり詳しくないのだが、今回は一木オールスターの集結ということらしい。たった一本の木から造られた仏像は、体の線や肉付き、手の動き、衣のひだに至るまで、見事に精密に彫られている。仏師の祈りと、執念とも思える仏像への思いが、時を越えてひしひしと伝わってくるのだ。
国宝の十一面観音立像や、縦に割かれた顔の中からもう一人の顔が覗いている宝誌和尚立像など、時間を忘れて見入ってしまうものばかりだ。

仏像はほとんど表情がなく、手の動きでその意味を知るのだそうだが、その中にあって、江戸時代に木喰(もくじき)上人によって彫られた仏像に妙に心惹かれてしまった。何とも豊かな表情をしているのだ。仏像の概念を覆しているといってもいいだろう。神妙な面持ちの人たちが、この一角に来ると皆顔をほころばせている。凄い力を持った仏師である。生涯千体以上は造っているという彼は、確かにその名の通り「木喰」なのだ。市原悦子が詠む彼の詩がまたいい。
「みな人の心を丸くまんまるに どこもかしこも丸くまん丸」。

それぞれの仏師が生き抜いた時代によって、こんなにも違いがあるのだと思い知った気がした。仏像は深い。その奥に向かって、もう少し踏み込んでみたいと思う、仏像初心者の私であった。

家に帰ると我が家の像が…。静から動へ移り変わってはいるものの、癒されることに変わりはない。ジャムは、神様が丹誠込めて造った、正に芸術作品である。…ちょっと強引にすぎましたか。あしからず。

2006_11190244 和から洋へ…。

バレリーナ像である。
芸術だ!

| | コメント (2)